83歳を迎えた名優・北大路欣也(きたおおじきんや)さん。
そんな北大路さんの家系図に注目が集まっています。
北大路さんの父親は、昭和の時代劇映画を代表する大スター・市川右太衛門(いちかわうたえもん)さん。
親子2代で『旗本退屈男』を演じたことでも話題になりました。
また、父親の老人ホーム入居をめぐる「兄弟不仲説」の真相も気になりますよね!
今回の記事では、北大路欣也のプロフィールから家系図(父・母・兄・姉・妻)をわかりやすくまとめ、父・市川右太衛門さんの経歴、兄弟との不仲説についても解説していきます。
北大路欣也のプロフィール!年齢や身長や代表作は?
北大路欣也、中学時代の転校先にいた歌舞伎俳優。その凄さに「驚いてしまった」 #テレ朝POSThttps://t.co/zuSU6WDSWT
— テレ朝POST (@post_tvasahi) April 7, 2026
北大路欣也のプロフィール
まずは、北大路欣也さんのプロフィールからご紹介していきます。
- 本名:淺井 将勝(あさいまさかつ)
- 生年月日:1943年2月23日
- 年齢:83歳(2026年4月時点)
- 出身地:京都府京都市北区
- 身長:174cm
- 血液型:A型
- 学歴:暁星高等学校、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業
- 職業:俳優・声優
- 事務所:ホリプロ・ブッキング・エージェンシー
北大路欣也さんは、時代劇映画の大スター・市川右太衛門の次男として京都に生まれました。
1956年、13歳のときに東映映画『父子鷹』でデビュー。
父親との親子共演が話題となりました。

ゆた13歳の北大路欣也さん、かわいくて凛々しい!
その後、東映時代劇の黄金期を支え続け、映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。
『旗本退屈男』では、親子2代で主演を務めたことも話題になりました。


現在も、芸歴70年を超える現役俳優として第一線で活躍されています。
2007年に紫綬褒章、2015年に旭日小綬章、2023年に文化功労者と、勲章・表彰も多数。
2025年には母校から早稲田大学芸術功労者を受賞しています。
北大路欣也の代表作は?
北大路欣也さんの代表作は、こちらです。
- 父子鷹(1956年、映画)
- 旗本退屈男(1958年、映画)
- 仁義なき戦い(1973年、映画)
- 独眼竜政宗(1987年、NHK大河ドラマ)
- 篤姫(2008年、NHK大河ドラマ)
- 半沢直樹(2013年・2020年、TBSドラマ)
- 三屋清左衛門残日録シリーズ(2018年〜、時代劇ドラマ/映画)
- レジェンド&バタフライ(2023年、映画)
映画・ドラマを中心に、時代劇から現代劇まで幅広く活躍し、渋みのある演技でファンを魅了し続けています。
北大路欣也の家系図は?父親は市川右太衛門で妻は古屋祥子!


北大路欣也さんの家系図を表にまとめました。
| 関係 | 名前・本名 | 備考 |
|---|---|---|
| 父 | 市川右太衛門 (本名:淺井善之助) | 時代劇映画の大スター |
| 伯父(父の兄) | 山口天龍さん | 全勝キネマの設立者 |
| 母 | 一般人・スエノさん | 一般人 |
| 兄(長男) | 一般人 | 早稲田大学理工学部卒、エリート企業勤務とされる |
| 姉(長女) | 一般人 | 詳細非公表、一般家庭に嫁いだとされる |
| 本人(次男) | 北大路欣也 (本名:淺井将勝) | 1943年生まれ、俳優 |
| 妻 | 一般人・古屋祥子さん | 1977年結婚、6歳年下 |
家系全体では、3人が日本の時代劇映画の発展に大きく貢献した家系と言えます。
- 父親・市川右太衛門:俳優
- 北大路欣也さん:俳優
- 父親の兄・山口天龍さん:映画会社「全勝キネマ」を設立。
「全勝キネマ」は、市川右太衛門プロダクションが奈良市内のあやめ池に建設した撮影所が閉鎖された後、その施設を活用して映画を量産していました。
北大路さんの兄・姉は、芸能界とは無縁の一般人としての道を歩んでいます。
父・市川右太衛門は歌舞伎俳優から映画俳優へ
北大路欣也さんの父・市川右太衛門は、歌舞伎俳優から映画俳優に転身しました。
市川右太衛門さんは、大阪で鉄工所を営む父のもとに生まれました。幼い頃から日本舞踊に親しみ、6歳で歌舞伎の世界へと足を踏み入れます。
師匠は上方歌舞伎の名優・二代目市川右團次。
当時は「市川右一(ういち)」の名で舞台に立っていました。
やがて主役を務めるまでに成長し人気を集めますが、門閥出身ではない立場ゆえに出世には限界があったとされています。
そんな中、1925年頃、映画プロデューサー牧野省三氏の目に留まり、映画界へと活躍の場を移しました。
このとき芸名を「市川右太衛門」へと改めました。
なお、この名前は「市川家」の跡取りを意味するものではなく、師匠・市川右團次と、歌舞伎界の重鎮・中村右太衛門の名を組み合わせたものとされています。
その後は時代劇映画界を代表する大スターとなり、『旗本退屈男』シリーズでの「天下御免の向う傷」をトレードマークに、一世を風靡しました。
現在の家族構成は妻・古屋祥子と2人で息子や娘はいない
北大路欣也さんの現在の家族構成は、妻・古屋祥子さんとの2人家族で、子供(息子・娘)はいません。
北大路欣也さんは愛妻家として知られ、妻の古屋祥子さんは6歳年下の一般女性で、慶應義塾大学出身といわれています。
二人は10代で出会い、13年の交際を経て結婚。
子どもはおらず、長年夫婦二人で支え合いながら円満な関係を築いています。
現在は、都内の高級介護付き老人ホームで穏やかな生活を送っているとされています。
北大路欣也の父親・市川右太衛門の老人ホーム入所が兄弟不仲説の理由?


北大路欣也の父親・市川右太衛門の老人ホーム入所が兄弟不仲説の理由と報じられましたが、実際には家族間の認識の違いや連絡の行き違いが影響していた可能性が高いとされています。
北大路欣也さんの兄弟関係について「不仲説」が報じられたきっかけは、1999年頃の出来事でした。
当時、母・スエノさんは高齢で足が不自由になっており、父である市川右太衛門さんとの二人暮らしに不安を感じた北大路さんは、千葉県館山市の老人ホームへの入居を検討していました。
しかし一部の週刊誌で、
といった報道がなされ、「兄弟不仲」とするセンセーショナルな見出しが広まりました。
兄弟の不仲説が表面化したきっかけは、父の死去後に行われた追悼行事でした。
この出来事から、兄弟間の確執が報じられました。
これに対し北大路さんは、後年『婦人公論』のインタビューで次のように語っています。
10年以上にわたり両親と話し合いを重ね、同居も提案したが、最終的に館山の施設への入居に同意してもらった。
出典:NEWSポストセブン(https://www.news-postseven.com/archives/20150604_327060.html?DETAIL)
入居は家族での話し合いを重ねた末の決断であり、単なる独断ではなかったと主張しています。
兄弟不仲説の背景には、家族間の認識の違いや連絡の行き違いがあった可能性が高いと考えられます。
現在では、高齢の親が施設に入居することは、介護をめぐる家族の判断の一つとして広く受け入れられています。
しかし当時は、「老人ホーム」に対するイメージが今よりネガティブだったことが、影響しているのかもしれません。



当時は、「老人介護は家族が担うもの」という意識が今より強かった時代でしたね。
家族の介護は誰にとっても難しい問題です。
北大路さん一家の場合も、話し合いの中で生じた意見の違いが『不仲説』として語られるようになりましたが、本人は家族の絆を大切に考えての結論だったと繰り返し語っています。
継母の介護をされた名取裕子さんの詳しい情報が気になる方は、こちらもあわせてご覧ください。


両親の介護をされたかたせ梨乃さんの詳しい情報が気になる方は、こちらもあわせてご覧ください。


岩崎宏美さんの家族の形が気になる方は、こちらもあわせてご覧ください。


まとめ|北大路欣也の父親は市川右太衛門で妻は古屋祥子で息子や娘はいない!
北大路欣也さんの家系図は、父・市川右太衛門から受け継いだ俳優一家の誇りと、家族のリアルな介護エピソードが交錯する興味深いものです。
派手な名門血筋というより、映画界での親子2代のサクセスストーリーと、家族として向き合った現実が魅力と言えます。
83歳とは思えない現役の姿勢と、温かい人柄が伝わってくるトークに期待が高まります。
名優一家のルーツを知ることで、北大路欣也さんの渋みのある演技の背景がより深く感じられるのではないでしょうか。









コメント