2026年4月8日放送の『徹子の部屋』で、父との思い出や芸歴70年の俳優人生を語った北大路欣也(きたおおじきんや)さん。
83歳を迎えた名優・北大路欣也さんの家系図にも注目が集まっています。
北大路さんの父親は、昭和の時代劇映画を代表する大スター・市川右太衛門(いちかわうたえもん)さん。
親子2代で『旗本退屈男』を演じたことでも話題になりました。
また、父親の晩年に起きた老人ホーム入居をめぐる「兄弟不仲説」の真相はどうだったのでしょうか?
今回の記事では、北大路欣也のプロフィールから家系図(父・母・兄・姉・妻)をわかりやすくまとめ、父・市川右太衛門さんとの親子エピソードや、過去に報じられた兄弟との確執についても解説していきます。
北大路欣也のプロフィール!年齢や身長や代表作は?
北大路欣也、中学時代の転校先にいた歌舞伎俳優。その凄さに「驚いてしまった」 #テレ朝POSThttps://t.co/zuSU6WDSWT
— テレ朝POST (@post_tvasahi) April 7, 2026
北大路欣也のプロフィール
まずは、北大路欣也さんの年齢や身長などのプロフィールからご紹介していきます。
- 本名:淺井 将勝(あさいまさかつ)
- 生年月日:1943年2月23日
- 年齢:83歳(2026年4月時点)
- 出身地:京都府京都市北区
- 身長:174cm
- 血液型:A型
- 学歴:暁星高等学校、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業
- 職業:俳優・声優
- 事務所:ホリプロ・ブッキング・エージェンシー
北大路欣也さんは、時代劇映画の大スター・市川右太衛門の次男として京都に生まれました。
1956年、13歳のときに東映映画『父子鷹』でデビューし、父親と親子共演が話題となりました。

その後、東映時代劇の黄金期を支え続け、映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。
『旗本退屈男』では、親子2代で主演を務めたことが話題になりました。

現在も芸歴70年を超える現役俳優として第一線で活躍されています。
2007年に紫綬褒章、2015年に旭日小綬章、2023年に文化功労者と、勲章・表彰も多数。
2025年には母校から早稲田大学芸術功労者を受賞し、喜びを語っていました。
北大路欣也の代表作は?
北大路欣也さんの代表作は、こちらです。
- 父子鷹(1956年、映画)
- 旗本退屈男(1958年、映画)
- 仁義なき戦い(1973年、映画)
- 独眼竜政宗(1987年、NHK大河ドラマ)
- 篤姫(2008年、NHK大河ドラマ)
- 半沢直樹(2013年・2020年、TBSドラマ)
- 三屋清左衛門残日録シリーズ(2018年〜、時代劇ドラマ/映画)
- レジェンド&バタフライ(2023年、映画)
映画・ドラマを中心に、時代劇から現代劇まで幅広く活躍し、渋みのある演技でファンを魅了し続けています。
北大路欣也の家系図は?父は市川右太衛門で妻は古屋祥子!
北大路欣也さんの家系図を表にまとめました。
| 関係 | 名前・本名 | 備考 |
|---|---|---|
| 父 | 市川右太衛門 (本名:淺井善之助) | 時代劇映画の大スター |
| 伯父(父の兄) | 山口天龍さん | 全勝キネマの設立者 |
| 母 | スエノさん | 一般人 |
| 兄(長男) | 一般人 | 早稲田大学理工学部卒、エリート企業勤務とされる |
| 姉(長女) | 一般人 | 詳細非公表、一般家庭に嫁いだとされる |
| 本人(次男) | 北大路欣也 (本名:淺井将勝) | 1943年生まれ、俳優 |
| 妻 | 古屋祥子さん | 1977年結婚、6歳年下 |
家系全体では、父親の市川右太衛門と北大路欣也さんの親子2代が俳優として活躍したほか、父親の兄・山口天龍さんが「全勝キネマ」を設立して映画を量産しました。
この3人が、日本の時代劇映画の発展に大きく貢献した家系と言えます。
兄・姉は芸能界とは無縁の一般人としての道を歩んでいます。
父・市川右太衛門は歌舞伎俳優?
北大路欣也さんの父・市川右太衛門は、歌舞伎俳優から映画俳優に転身しました。
市川右太衛門さんの父親は、大阪で鉄工所を営んでいました。
幼い頃から日本舞踊を学び、6歳で歌舞伎の世界へ入門。
師匠は上方歌舞伎の名優・二代目市川右團次で、当時は「市川右一(ういち)」の芸名で活動していました。
その後、歌舞伎役者として主役を務めるなど人気を集めましたが、門閥出身ではなかったことから出世には限界があったといわれています。
そうした中、1925年頃に評判を聞きつけた映画プロデューサー・牧野省三さんの誘いを受け、映画界へ転身。
このとき芸名を「市川右太衛門」へと改めました。
なお、この名前は「市川家」の跡取りを意味するものではなく、師匠・市川右團次と、歌舞伎界の重鎮・中村右太衛門の名を組み合わせたものとされています。
その後は時代劇映画界を代表する大スターとなり、『旗本退屈男』シリーズ(30本以上)での「天下御免の向う傷」をトレードマークに、一世を風靡しました。

北大路欣也の家族構成は妻・古屋祥子と2人!息子や娘は?
北大路欣也さんの家族構成は、妻・古屋祥子さんとの2人家族で、子供(息子・娘)はいません。
北大路欣也さんは、愛妻家として知られています。
1977年に結婚した古屋祥子さんは、北大路さんより6歳年下の一般女性で、慶應義塾大学出身とされる気品ある方です。
出会いは祥子さんが15歳の頃で、13年間の交際を経た大恋愛結婚として知られています。
お二人の間にはお子さん(息子・娘ともに)はなく、長年、夫婦二人で支え合い、円満な結婚生活を送っています。
現在は、都内の高級介護付き老人ホームで穏やかに暮らしていると言われています。
北大路欣也の兄弟との不仲説の理由は?

兄弟の不仲説は、家族間の認識の違いや連絡の行き違いが大きかった可能性が高いと考えられます。
北大路欣也さんの兄弟関係について「不仲説」が報じられたきっかけは、1999年頃の出来事でした。
当時、母・スエノさんは高齢で足が不自由になっており、父である市川右太衛門さんとの二人暮らしに不安を感じた北大路さんは、千葉県館山市の老人ホームへの入居を検討していました。
しかし一部の週刊誌では、
といった報道がなされ、「兄弟不仲」とするセンセーショナルな見出しが広まりました。
これに対し北大路さんは、後年『婦人公論』のインタビューで次のように語っています。
10年以上にわたり両親と話し合いを重ね、同居も提案したが、最終的に館山の施設への入居に同意してもらった。
出典:NEWSポストセブン(https://www.news-postseven.com/archives/20150604_327060.html?DETAIL)
この証言からも分かるように、入居は家族での話し合いを重ねた末の決断であり、単なる独断ではなかったと考えられます。
不仲説の背景には、家族間の認識の違いや連絡の行き違いがあった可能性が高いと考えられます。
現在では、高齢の親が施設に入居することは、介護をめぐる家族の判断の一つとして広く受け入れられています。
そのため、過度にセンセーショナルに捉えられることは少なくなっています。
ゆた当時は「老人ホーム」に対するイメージが今よりネガティブだったことが、影響しているのかもしれません。
まとめ|北大路欣也の父親は市川右太衛門で妻は古屋祥子で息子や娘はいない!
北大路欣也さんの家系図は、父・市川右太衛門から受け継いだ俳優一家の誇りと、家族のリアルな介護エピソードが交錯する興味深いものです。
派手な名門血筋というより、映画界での親子2代のサクセスストーリーと、家族として向き合った現実が魅力と言えます。
83歳とは思えない現役の姿勢と、温かい人柄が伝わってくるトークに期待が高まります。
名優一家のルーツを知ることで、北大路欣也さんの渋みのある演技の背景がより深く感じられるのではないでしょうか。










コメント