2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのカーリング女子日本代表として、16年ぶりの五輪復帰を果たした近江谷杏菜選手。
フォルティウス所属のリードとして開幕戦から第1投を担当し、チームを引っ張る姿が注目を集めています。
そんな近江谷杏菜選手の
「高校はどこ?」
「その後のキャリアは?」
など、気になっている方も多いはず。
今回は、近江谷杏菜選手のプロフィールと出身高校、そして高校卒業後からフォルティウスまでの軌跡もわかりやすくご紹介していきます!
近江谷杏菜(おうみやあんな)のプロフィール!年齢や身長や経歴は?
- 名前:近江谷杏菜(おうみや あんな)
- 生年月日:1989年10月12日
- 年齢:36歳(2026年2月現在)
- 身長:約165cm
- 体重:非公表
- 出身地:北海道北見市(旧常呂町)
- ポジション:リード
- 所属:フォルティウス(北海道銀行グループのクラブチーム)
近江谷杏菜選手は右利きで、チームのムードメーカーとしても知られています。
ポジションはリードとして正確なストーンコントロールが持ち味。
主に第1・2投でストーンを配置し、チームの基盤を作る重要な役割を果たしています。
常呂町は日本カーリングの聖地として知られ、近江谷選手がカーリングを始めたきっかけは、父・近江谷好幸さん(1998年長野五輪カーリング男子代表選手)の影響。
父・好幸さんは常呂町のカーリング施設で練習していたことから、小学生の頃から本格的にカーリングを始めました。
2010年、20歳の若さで近江谷杏菜選手はバンクーバー冬季オリンピックにカーリング女子日本代表として出場。
ポジションはリードを務め、世界の強豪を相手に堂々と戦い抜き、8位という結果を残しました。
その後、一時引退しましたが、2018年にフォルティウスに復帰。
2025年の日本選手権優勝などで五輪代表に選出され、16年ぶりの五輪復帰を果たしました。
2026年、ミラノコルティナオリンピック開幕戦のスウェーデン戦では第1投を担当し、チームのスタートを切る姿が印象的でした。
近江谷杏菜の高校は北海道網走南ヶ丘高等学校!
近江谷杏菜選手の出身高校は、北海道網走南ヶ丘高等学校です。

北海道内では標準的な進学校で、学業と部活動の両立を重視する校風です。
高校時代はカーリング部がなかったため、地元常呂町の施設やチームで練習を続け、学業と競技のバランスを取っていました。
北見市立常呂中学校時代から頭角を現した近江谷杏菜選手は、北海道ジュニア選手権で優勝するなど、ジュニア世代で常に上位を維持してきました。
高校時代(北海道網走南ヶ丘高等学校在籍)もその勢いは止まらず、全国レベルの舞台で輝かしい成績を残しています。
カーリング部がなかった高校では、地元常呂町の施設やチームで練習を重ね、北海道選抜として全国高等学校カーリング選手権大会に連続出場。
- 2006年(高校2年):第1回全国高等学校カーリング選手権大会で優勝
- 2007年(高校3年):第2回全国高等学校カーリング選手権大会で優勝
高校時代、近江谷杏菜選手は学業とカーリングの両立に励みながら、常呂町の豊かなカーリング文化に囲まれて才能を大きく開花させました。
網走南ヶ丘高等学校の著名な出身者は、こちらの方々です。
- 高松雄一さん(英文学者、東京大学名誉教授)
- 川田殖(倫理学者)
- 西村淳(作家)
- 横山忠夫(元ジャイアンツ投手)
- 狩野亮(バンクーバーパラリンピック・アルペンスキー代表)
- 堀美香(元カーリング選手)
- 吉田知那美(カーリング選手、ロコ・ソラーレ)
近江谷杏菜は高校卒業後チーム青森へ加入!フォルティウス加入までが波乱万丈!
近江谷杏菜選手が高校卒業してからミラノオリンピック出場に至るまで、波乱万丈の物語がありますが、「カーリングを続けたい!」という強い思いがあって今日に至ります。
近江谷杏菜選手は、北海道網走南ヶ丘高等学校を卒業した2008年春に、「チーム青森」へ加入しました。
青森市役所に勤務しながら競技を続け、2010年、当時20歳のときに「チーム青森」が日本代表としてバンクーバー冬季オリンピックに出場。
サードとして活躍し、8位入賞を果たしました。
その後、2014年に青森市役所を退職し「チーム青森」を脱退。
「チーム青森」加入時から「選手として生きていく覚悟」を決めていた近江谷杏菜選手は、故郷北海道に戻ると北海道銀行フォルティウス(現フォルティウス)に加入。
2015年から吉村紗也香らと再スタートを切りました。
ところが、2021年末にスポンサー契約終了でチーム存続危機に陥ってしまいました。
2022年、当時のメンバー全員が「カーリングを続けたい」と話し合った結果、クラウドファンディングなどで支援を集め独立チームとして復活する道を選択。
2023年〜2024年にかけて、クラウドファンディングを実施しながら海外遠征費などを賄い、強化を続け、日本選手権で上位を維持。
この頃からスポンサーが徐々に増え、20社以上に拡大!
さらに、メンバーの吉村紗也香選手が産休・子育てから復帰したことでチームの層が厚くなり、戦術の幅が広がったといわれています。
2025年、日本選手権優勝でミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック代表権を獲得し、近江谷杏菜選手にとって16年ぶりの五輪復帰を決めました。
近江谷杏菜選手の36歳での再挑戦に、ファンも大きな期待を寄せています!
まとめ|近江谷杏菜の高校はどこ?学歴は網走南ヶ丘高校でフォルティウス加入までが波乱万丈!
近江谷杏菜選手の高校は北海道網走南ヶ丘高等学校です。
高校卒業後「チーム青森」で五輪デビュー、一時引退、フォルティウスでの再出発、危機を乗り越えた復活と、波乱万丈のキャリアを歩んできました。
36歳でのオリンピック出場は、多くの人に勇気を与えています。
ミラノ・コルティナオリンピックでリードとしてチームを支える近江谷選手。
カーリング女子日本代表の活躍に期待大です!
それではまたお会いしましょう!


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