加賀まりこの実家は神楽坂!父親がプロデューサーで母親は評判の超美人!

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和製ブリジット・バルドー」と称され、その圧倒的な美貌と歯に衣着せぬ発言で、今なお唯一無二の存在感を放つ女優・加賀まりこさん。

2026年、82歳を迎えてもなお凛とした美しさを保ち続ける彼女ですが、その独特の気品と物怖じしない性格のルーツは、「神楽坂の実家」にありました。

実は加賀まりこさんは、父親は日本映画界の重鎮、母親は評判の超美人の家系に生まれたのです。

それではさっそくですが、
加賀まりこさんの実家、神楽坂の父親と母親について、事実を整理してわかりすくご紹介していきます!


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目次

加賀まりこのプロフィール!年齢や身長や出演作品は?

引用元 https://www.youtube.com/watch?v=DfCzG5mJxvg
プロフィール
  • 本名:加賀 雅子(かが まさこ)
  • 生年月日:1943年12月11日
  • 年齢:82歳(2026年1月時点)
  • 出身地:東京都千代田区神田小川町
  • 身長:156cm
  • 所属事務所:有限会社活動屋

加賀まりこの経歴

加賀まりこさんは、高校生の時に学校帰りにスカウトされ芸能界入りしました。
その際、彼女をスカウトしたのが後に巨匠となる篠田正浩監督寺山修司氏でした。

1960年、まりこさんが高校生のときにTVドラマ『東京タワーは知っている』でデビュー。
1962年、映画『涙を、獅子のたて髪に』でスクリーンデビュー。

受賞歴は、1981年『泥の河』『陽炎座』でキネマ旬報助演女優賞、映画『夕暮れまで』でブルーリボン助演女優賞など。

近年でも、多くのドラマや映画で活躍し、シャープな感性と知性、そして飾らない魅力で、幅広い層から支持されています。

加賀まりこの出演作品

加賀まりこさんの主な出演作品はこちらです。

  • 映画:『月曜日のユカ』、『麻雀放浪記』、『スープ・オペラ』、『梅切らぬバカ』など。
  • ドラマ:『私の青空』、『花神』、『花より男子』『5→9~私に恋したお坊さん~』など。
  • 舞台:『オンディーヌ』、『夏』など。

加賀まりこの実家は神楽坂!父親は映画プロデューサー!

加賀まりこさんの実家は神楽坂にあり、父親は映画のプロデューサーの加賀四郎。
幼いころから、家には多くの芸能関係者がいる環境で育ちました。

父親は「映画界のドン」加賀四郎!

加賀まりこさんの父親は、映画プロデューサーの加賀四郎(かが しろう)さん。
加賀四郎氏は大映の専務取締役も務め、大映の黄金期を支えた重鎮の一人です。

主に1950〜60年代の日本映画で活躍し、特に大映系の作品に多く関わっています。

加賀四郎さんが企画・プロデュースを手掛けた代表作はこちらです。

  • 最後の帰郷(1945年)
  • 別れも愉し(1945年)
  • 夜光る顔(1946年)
  • 再会(1953年)
  • 末は博士か大臣か(1963年)
  • 無茶な奴(1964年)
  • 芸者学校(1964年)
  • 刺青(1966年)

加賀まりこさんがまだ幼い頃、実家には多くの芸能関係者が訪ねてきたそうです。

父のところには,監督や俳優さんが来ていて,空気は知っていましたし,裏方には憧れたこともありました。
引用元 https://www.kanto-ba.org/series/37/

まりこさんは、彼らがリビングにいるのが当たり前の光景だったため、いざ自身がデビューして監督たちに会った際も、全く物怖じすることがなかったそうです。

祖母は神田錦町で貸席業!

また、母方の祖母・松本フミさんは、神田錦町で貸席業を営んでいました。

祖母は、女性なのに政治の世界に興味をもってたの。で、貸席というか、政治家の集会所として使うような、そんな店を経営しはじめたんです。後に総理大臣になるような方々が出入りしたり、そういう方を援助したり、仕事っていうより、一種の道楽よね。
引用元 https://www.fujingaho.jp/culture/archives/

ちなみに、祖父さんは元衆議院議員の加賀卯之吉さんだそうです!

まりこさんの性格が自由奔放で仕事に夢中になったのは、お祖母さま譲りだと語っていました。

      

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加賀まりこの実家の母親は評判の超美人!

加賀まりこさんの母親は、”神田小町”と呼ばれるほどの評判の美人でした!

まりこさんは、2025年12月の「婦人画報」のインタビューで母親について語っていました。

「母は彫りの深い顔だちで、神田小町と呼ばれた評判の美女だったんです。祖母が経営するサロンに集まる政治家志望の青年たちのマドンナですよ」
引用元 https://www.fujingaho.jp/culture/archives/

そして、ビックリなエピソードは、祖母のつてを頼って静岡に疎開したときのこと。

地方の村に行けば、母は大輪の花なんですよ。もうファンがいっぱいできて、やれ卵だ、やれ野菜だって届け物がたくさんあった。いわゆる疎開の苦労っていうのはなかったみたいですね。何しろ、いまだに当時母のファンだった人からお茶が届くぐらいだから。
引用元 https://www.fujingaho.jp/culture/archives/

ゆた

どれほどの美人なのか、見てみたい!

まりこさんの母親の実家は、神田の大地主の娘だったこともあり、駿河台から九段下のあたりまで広大な土地を持っていたそうです。

そのため、母親はたおやかでおとなしく自己主張もせず、仕事もしたことがない人だったそうです。

そんな母親への反発もあって、まりこさんは自由奔放な生き方を貫いていると語っていました。

ゆた

とはいえ、まりこさんは母親の容姿をバッチリ受け継いでいますよね!

      

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まとめ|加賀まりこの実家は神楽坂!父親がプロデューサーで母親は評判の超美人!

加賀まりこさんの実家は神楽坂にあり、幼少期から芸能関係者に囲まれて育ちました。

  • 家系:父は映画界の重鎮プロデューサー。
  • 母親:神田小町と呼ばれた評判の超美人。

これほどまでに豪華なバックボーンを持ちながら、その威光を笠に着るのではなく、あくまで一人の表現者として「自分」を貫き通す加賀まりこさん。

彼女の凛々しさの正体は、母親譲りの容姿と、子供のころから芸能に携わる人たちに囲まれて育った環境にあると言えそうです。

80代を迎えても輝きを増す彼女の姿から、目が離せませんね!

それではまたお会いしましょう!

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